高齢者のSNS

「90歳の人気ブロガー」というニュースをネットニュースで見ました。
アクセス数は1日に500件~800件とすごい数です。
毎日更新しているらしいです。
6年前から水彩画と日々の暮らしの発見などで公開しています。
ご本人はコメントが多いことで毎日の更新の励みになっているようです。私のミクシイのマイミクさんにも一人暮らしの80代の男性の方がいます。
そのマイミクさんはミクシイを毎日更新されています。
その方の日記は名言だったり、名著の引用だったりします。そのマイミクさんの日記が3日ほどなかったことがあります。
私はちょっと、気になってきました。
お年がお年だけにもしもの事があったかもと心配でした。すると、3日ほどして日記が公開された時はほっとしました。
軽い風邪で3日ほど臥せていたとの事です。
その時の日記のコメントは凄い数が集まりました。「また、日記見られてよかったです。」
「心配しておりました。お体ご自愛くださいませ。」このようなコメントが50件ほどありました。
みんな、私と同じ気持ちだったんだなあと思いました。ブログやミクシイ・フェイスブックなどのSNSの役割が一つ増えたような気がします。
これからの高齢化社会にはこのツールはとても、役立つのではないでしょうか。高齢者の方のインターネット人口はこれからどんどん増えていくと思います。
今、私は54歳。ブログ・ミクシイ・フェイスブックすべてのアカウントを持っています。
もちろん、60歳になっても、70歳になっても何らかのSNSを私はしていると思います。70歳以上の方にSNSを奨励したり、SNS使用の方に助成したりするというのはどうでしょう。
SNSは高齢者が使いやすいように進化していくと思います。
SNSが流行る中で、一日中旦那が携帯をいじっていると浮気を心配する奥さんもいるのではないでしょうか。
浮気調査されないように、ほどほどにするべきですね。

マンツーマンといえども

英会話クラブに通い始めて早1ヶ月、今日は久々にレッスンが全く盛り上がりませんでした。

というのも、私が通ってるところは、基本的に生徒が「話す」ことを主題にしているのですが、今日の話すトピックが、生徒たちが盛り上がれる内容ではなかったからです。

たとえば、「この学校のいいところは何ですか?」「嫌いなクラスメイトはいますか?」について話せというのです。・・・そんなん、日本語でも説明するの大変というか難しいというか、めちゃくちゃ気をつかうじゃないですか。

もちろん、生徒たちは考える。・・・長い沈黙・・・。そして先生が自分を例にして「こんな感じのことを話してほしいんだけど」アピールを一生懸命してくれました。
・・・うん、何について話したらいいかはわかるけど。

この学校に入るもっと前に、何度か他の学校でマンツーマンのトライアルレッスンを受けたことがあります。
そのときも、先生と話題が盛り上がらず、先生も手探りなので大体最初は私のことについて聞かれるのですが、「あんまり話したくない」ことについても聞かれたり、「日本語でも伝えるの難しい」ことについても聞かれて、やんわり話題変えようとしたら「私はこう聞いてるのよ」とあっさり戻されたりしてました。

日本語だったら、例えば「収入いくら?」と聞かれて「この仕事はあの仕事より楽だし、働いてる時間も少ないし、他にこういういい点もあるし・・・」なんて言ってれば「あ、はっきりとは言いたくないんだな、今言ったことが答えなんだな」って思ってくれます。でも英語の場合、先生は、自分が聞いた内容と違う答えが返ってくると「質問の意味を把握できてないのね」と思って「私はこう聞いたの」としつこく聞いてきます。そういうことが何度かありました。英語が通じないというのがベースにあるからしょうがないです。
・・・質問をかわすテクなんだけど、ちょっと悲しかったりします。

英語の先生は、英語を教えるだけじゃなく、生徒の性格を把握したり盛り上がる話題を探して、そのときそのとき臨機応変に対応していかないといけないから、もはや言語学だけではなく話術・コミュニケーション力も必要とされるんだなぁと、客観的ではありますが感じました。

先生って・・・思ったより大変なんですね。

私は愛車のエルグランドで英会話に通っていますが、
この英会話クラブ、エルグランド率が高すぎるんです。
しかも、白が大人気(例にもれず私も)。
いつも駐車場で自分の車を探すことになるのは言うまでもありません(笑)

徹夜明けのテンションでサイコパスという存在を考える

人類が技術の進歩と引き換えにに失ったものは大きい。長く生きている人は、生きにくい時代になったとよく言う。

昔はよかった、そう言われても今を生きる私には理解できない。ただ、人と人とが繋がりやすくなった反面、気持ちを汲み取るということは難解になったのかもしれない。

ストレス社会が生んだコミュニケーションの弊害は様々な社会的問題を引き起こす要因ともなっているように思うのだ。

サイコパスという言葉が最近よく聞かれる。Wikipediaからの引用になるが、反社会的人格の一種を意味する心理学用語のことを指し、主に異常心理学や生物学的精神医学などの分野で使われている言葉だ。

三省堂の大辞林にいたっては「サイコパス=性格異常」という何とも過激な言葉が掲載されている。犯罪者の多くがサイコパスに属すると言われている。

良心の欠落、他社に対する冷徹さ。だが、そうであるが故に人々を魅了してやまないのも確か。「異常」というものに惹かれるのは人間の性なのだろうか。このサイコパスに人生を振り回されて泣きを見た、なんて相談も良く見る。

有名な例だと、オウム真理教の元教祖である麻原彰晃や和歌山毒物カレー事件の林眞須美がそうだとされている。

吐き気がするほど恐ろしい事件。これらを引き起こしたサイコパスとしての「異常性」が突き抜けていたからこそ起こした。

創作だと「羊たちの沈黙」に登場するレクターか。実のところホラーミステリーの類が苦手なこともあって観たことはないのだが話に聞くだけでも相当強烈な人物だという。

異常であるからこそ魅力的。もっとも、現実にいたら絶対に近寄りたくない人物ナンバーワンだが。「羊たちの沈黙」か。実写はともかく、原作の小説は読んでみたいかもしれない。

そういえば、サイコパスは先天的なものと後天的なものがあるそうだ。結局のところ紙一重なんだろうなあ。